日本100名城・続日本100名城の完全制覇を基本に、気ままな日本一周バイクの旅を行っています。

2020年6月9日(火)

前回の備中高松城からの羽柴秀吉と、今年の大河ドラマの主役明智光秀の足跡を辿るべく、高槻城大山崎町歴史資料館山崎城勝龍寺城淀城山崎の合戦碑(天王山夢ほたる公園内)の見学に行ってきました。

天王山三日天下など、現在に残る成句もここから生まれた山崎の合戦
決戦後、勝者となった羽柴秀吉は、映画にもなった清州会議へ。
まだまだ、次々に、彼にとっての正念場が続いていきます。

この時代の人の行動力、バイタリティ、すごいですね。
おもしろい歴史の流れが続いていきます。

高槻城

町中の公園です。

案内板
高山右近像
山崎合戦、羽柴勢前線で戦った武将です。

山崎城

大山崎町歴史資料館で近隣の歴史を勉強してから、初めてやってきました山崎城
ずっと来たかった山崎合戦地、天王山近辺ですが、近すぎるとホント来ない。笑
ひさびさに備中高松城に行った事で、一気に気分が見たくなったようです。

宝積寺山門
登城していくと〝秀吉の道〟の案内板が順々に。
【天下人はの道】
【中国大返し】
【頼みの諸将来たらず】
光秀の誤算
【天下分け目の天王山】
【明智光秀の最期】
登城道
山崎の合戦、案内板
中腹、山崎合戦之地碑
展望台の案内板
展望台から合戦地を望む
ちょー見にくいけど、陣容説明版
主郭から天守台へ
天守台、天王山山頂
道中、酒解神社三社宮

十七烈士のお墓

戦国時代とならんで大好きな幕末維新。
禁門の変で敗れた、主戦派真木和泉守を中心とした、17名みなさんのお墓です。
歴史的なこの地に陣取って、戦いました。

考え方、見方は、人それぞれいろいろ。
でも一生懸命行動して、頑張りはったんですね。

中腹、十七烈士の墓

日本100名城・続日本100名城じゃないんですけど、個人的にはここええんちゃうんって思いました。

麓、JRや阪急の駅近くには、おしゃれなランチやホテルもありますし、大手ビール会社の美術館や蒸留所もあります。
のんびり散策、ついでに一杯ってのもいいですね。
今度は飲みに来よ。笑

勝龍寺城

ここも初めての来訪。
今年は大河ドラマ明智光秀ですから、コロナにかかわらず人出もそこそこ。
この2日前の第21話『決戦!桶狭間』は、最近の大河の中でも特に良かったです…余談。

入口、案内板
入口
本丸跡、案内版
整備されていてきれい
入口左方
たまたま鳥、笑
入口右方
めっちゃ鯉いてます。
城内と資料館
裏門
転用石として使われていた供養石

忠興と玉(ガラシャ)

明智光秀の娘玉と、光秀と仲良しだった勝龍寺城城主細川藤孝の子、忠興。
主君織田信長の命でもあり、光秀、藤孝、ふたりの子どもが結婚したのが1578年8月、この勝龍寺城での事。
仲良し同士の子どもが結婚、とても嬉しい、楽しい時間だったろうなあ。

戦国の武将として、数えきれない城に立ち寄ったであろう光秀。
結婚式の4年後、この城が光秀が立ち寄った最後の城になりました。
ノスタルジーだな。

細川忠興・玉の像
西辺土塁
西辺土塁上から天王山を望む
西辺土塁上の案内版
陣容図

信長を倒して、秀吉とも戦って、この城に退却して、ここから坂本城に向かう途中で殺されてしまう光秀。
夕方から始まった戦いで、勝龍寺城に退却した頃は陽が沈んだ頃でしょうね。
次の朝陽を見ることはなかった光秀。
よく頑張りました。

淀城

昔、京都競馬場によく来ていたとき、いつも京阪電車淀駅の横にあり気になっていたんだけど、やっぱり初めてきました。笑

案内板
稲葉神社、淀藩、城下の案内板
わずかに残る石垣

江戸時代以降の説明のみだったけど、興味があったのは秀吉の側室〝茶々〟がこの城で子を産み、淀殿と呼ばれていった頃の時代。
今後、復元建物も計画されているそうな公園でした。

後記

山崎の戦い合戦碑

天王山夢ほたる公園内、案内板
天王山夢ほたる公園内、石碑

明智軍側陣地から、天王山を眺める場所に石碑が建っています。
目の前の小泉川(当時は円明寺川)を挟んで、両軍が対峙、合戦が行われました。

近々、坂本城丹波亀山城にも行きたくなってきた、大河ドラマに感化されている歴史好き。
早くお天気回復で旅立てるよう、神頼みです。笑